6月 2015

《フクロウ便り》絵本『りんごかもしれない』 ヨシタケシンスケ作(ネタバレ注意!)

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最近流行っている絵本と聞いて、早速2歳になる次女のために図書館から借りてきました。

タイトルから、おおよその内容は想像がつきます。
「ただのりんごも先入観を除いて見てみると、いろんなモノに見えてくるかもしれないよ、だからもっと視野を広げてね!」。
おそらくはこんな感じのストーリー展開なんだろう。

(以下長文になります。スミマセン。)

最初の数ページは、ほぼ予想どおりでした。

「あなたが見ているりんごは、もしかすると大きなさくらんぼの一部かもしれないし、見えてない反対側はみかんかもしれない・・・」
さらに、「表面をよくみると小さな宇宙人がいっぱいいるかもしれない」とマクロ的な視点にまで話がおよびます。ふむふむ、見えている部分だけでモノごとを断定してはいけないということか・・・

でも、これで終わっていたら、それほどまでにこの絵本はヒットしなかったでしょう。
そうです、この本の面白さはここからが始まりです。

「りんごが人間みたいな感情を持っているかもしれない」とか、「兄弟がいるかもしれない」とか、「過去にどんな経験をしたんだろう、将来、このりんごはどうなっていくんだろう」みたいに、話が予想もしない方向へと進んでいきます。

冒頭部分が視覚という観点から、一方的なモノの見方に対する警告を行っているのに対し、徐々に視覚以外でもモノを捉えてみようという発想へと移っていきます。ときには擬人化してモノの気持ちを考えてみたり、育った環境を想像してみたり、歴史や未来といった時間軸でモノを考えてみる、なんてこともときには大切だよ、と教えています。

ここまでくると、私もなるほどこれはいい本だと納得。
ところが、ここから話が急展開。

「ひょっとすると、ボク以外はみんなりんごかもしれない」と、そもそもの前提をひっくりかえされてしまうのです。まさに、コペルニクス的転回というべきでしょうか。

このあとこの本はどうなっていくんだろうと思って読んでいると、突然、「でも、もしかしたら、やっぱりふつうのりんごかもしれない」と、拍子抜けするようなエンディングを迎えます。

この本を読んだ直後の率直な感想。
見事なまでの起承転結でまとめられたこの本は、もはや子どものための本ではない。

なぜなら、ウチの2歳の子は、そもそもりんごを先入観を持って見ているはずがなく(たべものだと認識しているかどうかも疑わしい)、わざわざ教えられなくてもちゃんと五感や感情を通して多面的にりんごを捉えることができていると思うからです。
では、これは誰のための本なのでしょうか?

皮を剥くと中はクリーム色で、噛むとシャキッとした歯ごたえがあって、味は甘酸っぱくて、アメリカの巨大企業の社名にもなっていて、南の国に行くと結構貴重品で・・・なんて無意識のうちにりんごを見てしまうのは、全てわれわれ大人です。
だから、この本は、頭の固くなったわれわれ大人に対して、「子どものように自由な発想で夢を持った方が人生ずっと楽しいし、心が豊かになるよ!」と忠告してくれているのでしょう。
その結果、夢が幻だって別にいいじゃない、それは、はじめから夢を見なかったのとは全然意味がちがうんだから、と。

私はこのように解釈しました。

でも次の瞬間ハッと気づいたのです。
この本はこいうことが言いたいんだな、などと決めつけてしまうこと自体が偏見、モノごとを一方向からしか見ていない証拠なのです。つまり、上に書いた解釈は、単に私一人がこう感じた、ということにすぎません。これはすべて私個人の勝手な感想なのです。

この本のほんとうの魅力は、読んだ人ひとりひとりがその意味を自由に解釈できる、ということにほかなりません。私とまったく違う読み方をする人もいるでしょう。そもそもいろんな人からいろんな考えが生まれるから、この本は素晴らしいのです。
いや、そう決めつけることもまた、一種の固定観念に囚われているのだとすると・・・
だんだん頭がこんがらがってきました。
私のとなりで、この本が「あなたの想像は正しいのかもしれない」と笑っているようです。

みなさんは、この本を読んでどうお感じになるでしょうか?

私もいつか、見る人によっていろんな意味を持つ写真を撮ってみたい、そう思わせてくれるステキな絵本『りんごかもしれない』でした。
 

 

【関西の子ども撮影地案内23】善峯寺(京都市西京区)アジサイ

広大なアジサイの楽園が、京都西山の人里離れた山間にあります。
西国第20番札所善峯寺(よしみねでら)。
京都のお寺は、観光客が多いことと、立入禁止の場所が多いことから、子どもを絡めた撮影ではあまり使わないのですが、ここはそんな心配は無用。

まずは、バスを降りて50メートルほどのところにある山門へとつづく山道。
俗世間とは隔離されたご霊験あらたかな雰囲気が漂います。

ここから山門まで約300メートルの登り坂です。

まだまだ登りが続きます。写真ではたいしたことなさそうに見えますが、かなり急です。
途中、「もうしんどくて、途中であきらめたわ」というご年配の方とすれ違いましたが、聞かなかったことにして頑張って登ります。
ベビーカーを押しながら・・・

道中の苔がとてもキレイだったので撮ろうと思ったのですが、手を離した瞬間、ベビーカーがスルスルと5メートルほど落下したのでやめました。
そして、やっとのことで山門に到着。

ここを抜けると、それはそれは見事なアジサイ苑が視界に広がっていました。青、白、紫、きっと小雨が降って霧が出れば、幻想的な光景になることでしょう。
今年は晴れてほしい日は雨。雨が降ってほしい日は晴れになりますが、こればかりはおてんとさんの気持ちひとつですから仕方ありません。

山頂付近にはこのような場所もありましたが、服が濡れると家に帰って叱られるのでパス。

このお寺は日曜日にもかかわらず悠々と撮影できたので、新しいアジサイの穴場としてストックしておこうと思います。いつまでもいいスポットであってくれるよう、カメラマンの私たちはちゃんとマナーを守って撮影したいものですね。
あまり知られたくない場所ですが、私のブログを見てくれている方は幸いそれほど多くありませんので、いつもご覧いただいているお礼にご紹介しておきます。

なお、バス停と山門のところに小さな売店はありましたが、善峯寺近郊に食事できるところはありません。ご注意ください。

善峯寺

JR向日町駅または阪急東向日駅から阪急バスで約30分
(バスは1時間に1本しかありません。ご注意ください)
JR向日町駅バス時刻表
阪急東向日駅バス時刻表
 

子ども写真をステキに撮る魔法のレシピ第65話~子ども写真とドーム傘~

F>フクロウ むらさきのフクロウ   Y>ヤマトサカシタヤマト

子ども写真をステキに撮る魔法のレシピ第64話からのつづき

 

F>いよいよ梅雨入りしたね

Y>あ~あ、ほんとにイヤな季節がやってきたなあ

F>そんなこと言ってないで、雨を積極的に楽しんじゃえばいいんだよ

Y>とは言ってもさ、写真を撮りに行こうにもカメラが濡れちゃうし・・・

F>最近のカメラは防滴加工がなされているから、多少の雨ならへっちゃらさ。それに、子どもが傘を差しているシーンなんて結構フォトジェニックだと思うよ

Y>傘は確かに写真のアイテムにはいいかもしれない

F>傘は傘でも、おススメは丸~いキノコみたいなドーム傘。こういう傘を一本持っているとオシャレに見えるし、シルエット写真なんかにもバッチリだね

Y>こういうのを見ると雨の日も撮りに行きたくなっちゃうなあ

F>でも、このドーム傘、ちょっと困ったことがあるんだ

Y>困ったこと?

F>うん。写真のアイテムとしては最高なんだけど、本来の傘の役目はあんまり果たさない。結構、濡れちゃうんだよ。だから、雨の日は、普通の傘とドーム傘2本持って撮影に行ってね

Y>また、荷物が増えるのか・・・トホホ

子ども写真をステキに撮る魔法のレシピ第66話へつづく・・・

 

《フクロウ便り》ヤマハPASフォトコンテスト春部門 大賞

ヤマハPASフォトコンテスト春部門 大賞

『春の彩り』

 

「ついてる日」というのはあるもので、この日、この場所で撮影した写真は、
いわゆる「当たり」がたくさんありました。

ふだんは、100枚に1枚気に入った写真があれば御の字という考えで撮っているのですが、
この日は、珍しく憑いてました。小さなモデルさんたちには感謝、感謝です。

こういう撮影ができた夜は、「よし、次も今日のように撮れば・・・」
なんて欲を出すんですが、そうは問屋が卸しません。
すぐにいつもの自分に戻ってしまうんですね。
まあ、そこが私らしいといえば、私らしいところなのですが・・・

それにしても、ちょうど「電動自転車がほしいなあ」と思っていた矢先の朗報。
長く撮っているとたまには良いことがあるものです。

またいつか「当たり」が出る日を夢見て、明日も元気に子ども写真を撮ろう!

審査員の先生方、ありがとうございました。