《フクロウ便り》小さいけど大きな1歳の誕生日〜超低出生体重児として生まれて〜

おかげさまで娘も1歳になりました。
世間でいう1歳にしては、あまりに小さいですけど・・・
でも、私にはロボットのように無数の管につながれていた、あのNICUでの日々を思い出すと、今こうして誕生日を迎えられるのが夢のようです。

お子さんが未熟児だった方はご存知と思いますが、未熟児には修正月齢というのがあります。娘の場合は、修正9ヶ月といいます。つまり3ヶ月早く産まれたということです。

6月下旬に産まれるというので、そろそろマタニティー写真でも撮ろうかなと考えていたちょうど去年の今日、妻が大阪の実家から救急車で京都の大学病院へと運ばれてきました。その後緊急手術で出産、産まれて来た娘の体重はわずか860gでした。

2500g未満で産まれた子を低出生体重児、1500g未満は極低出生体重児、1000g未満は超低出生体重児というそうです。
無事産まれてホッとしたのも束の間、その日の深夜、小児科の先生から「奥様がいないところでご主人だけにお話ししたいことがあります」と言われました。先生からは、産後72時間が生死のヤマであること、72時間を乗り切っても、いろんな障害が残る可能性があることなどの説明を受けました。それからは毎日眠れない日々が続きました。ネットで検索しても、超低出生体重児がいかにリスクが高いかといった記事が多かった気がします。

そんな不安な日々の中、救われたのが読売ジャイアンツの村田修一選手が書いた「がんばれ!!小さき生命たちよ」でした。

41wVSF6FiHL._SL500_AA300_
村田選手のお子さんはウチよりさらに小さい712g、主治医の先生から「手を尽くした結果、もう無理だと判断したときは、全ての管をはずしますから、最後はお父さんとお母さんでしっかり抱きしめてあげてください」と言われたそうです。そんな村田選手のお子さんも今は立派に育っています。そういえば、娘が心臓の手術をしたときも、村田選手が2本ホームランを打って応援してくれました。私はアンチ巨人派ですが、今も未熟児を持つ方々の支援活動を続けている村田選手には活躍してもらいたいですね。

1年経って、NICU入院当時毎日つけていた日記を読み返し、いろんなことを思い出しました。

生まれてすぐ、とても苦しそうにもがいてたときのこと
おしっこが全く出ず体かむくんでいたときのこと
動脈管が閉じず心臓手術が必要であると告げられたときのこと
激しい痛みを伴う目の奥の検査に耐えていたときのこと
母乳をはじめて1cc飲んでくれたときのこと
はじめて呼吸ができたときのこと
はじめて目を開けてくれたときのこと
退院の日、はじめて笑ってくれたときのこと

こうして、1歳の誕生日を迎えられたのは、NICUの医師やスタッフの皆さん、娘を応援してくれた人たちのお陰だと思います。必死で守ってくれた人たちのこと、父親としていつか娘に教えてあげなければいけません。そして私自身も、この経験でほんの少し成長できたような気がします。

現在お子さんがNICUに入院されているお父さん、お母さんがこのブログを見てくださってたら、きっと不安な毎日をお過ごしのことでしょう。どれほどたいへんかお察しします。もしお力になれることがありましたら、いつでもご連絡ください。

20140330-4Z8A9912

これまで支えてくれた皆さん、ありがとうございました。

 

  • この記事がご参考になりましたら、下の3つのバナーをクリックして応援してください
  • あまり参考にならないようでしたらゴメンナサイ。
  • ブログランキング・にほんブログ村へ

    《タイトルをクリックすると、下にコメント欄が表示されます。コメントお待ちしています。》